理論社

第6回

2020.07.15更新

自分の道を見つけたい! 第6回

子どもたちはどういう瞬間に変わるのか

たくさんの子を迎えるキャンプ事業をしていると、障害のある子がいてくれたから、他の子どもたちが育ったという場面にいっぱい出会うという大堀さん。たーくんに続いて、シーちゃん(仮名)のお話をうかがいます。

大堀貴士さん(シュート) 大堀貴士さん
(シュート)
シーちゃんという子は左半身麻痺で、左側が動かないから、口の左側からよだれが出てしまうんよね。で、キャンプでみんなでごはん食べてるときも、だらだら〜っと常によだれが出てしまう。
はじめて見る小学生の子なんかは、目が点になるほど驚いて、めっちゃ引いてしまうんよね。で、すーっとみんな席を移動していって、シーちゃんのまわりに人がおらへんようになってしまったんよ。
このときにプリン(仮名)って子がすーっと来て、シーちゃんのよだれを、首にかけてるタオルで拭いてあげてんな。で、自分のごはんを持っていってシーちゃんの横で食べだしたんよ。それで、「私はぜんぜん嫌じゃないよ。よだれ出たら拭けばええねんし」って言うてん。すると、よけてた子たちが「あ、やばいことやっちゃったかな」という表情になるねんよ。

そもそも、なぜプリンがそういうことするようになったかというと、このプリンという子は気の強い子で、「いやや!」とか、そういうことをめっちゃはっきり口にするタイプの子やねんけど……。
何回か前のキャンプのときに、ぶなPという子どもたちに人気のキャンプカウンセラー(大学生キャンプボランティア)がいて、シーちゃんのサポート役として側についてるんやけど、みんなで雪遊びをしようというときに、シーちゃんは上手く手袋つけられへんから、ぶなPがシーちゃんを手伝っててんよ。だけど他の子は、好きなぶなPと早く遊びたいから、「そんなんいーやん」「ぶなPはよ行こうや〜!」「もう行こう!」と言うんよね。

オレはそのとき、そばで背中むけて作業しててさ、こういう場面って大人は「そんなん言ったらあかん」とか言いやすい場面なんよね。道徳的な注意をして、行動を正すことをしやすい。ぶなPはどうするのかなと思いながら、なんとなく聞いてたら、
「私はシーちゃんが困ったときは助けてあげたいなって思うんよ〜。シーちゃんはみんなみたいに早く準備できへんから、手伝いたいなって思うし、待ってたいねん。だからみんなは、先に行ってええよ〜」と言ったんよ。
すると側にいたプリンは、「ふ〜ん」とだけ言って、なんとなくっていう感じで、ぶなPと一緒にシーちゃんのことを待ってたんよ。それで、準備ができると、一緒に遊びに行った。

そしたら、プリンとシーちゃんが、めっちゃ仲良くなってん。
それ以来、シーちゃんがよだれ垂らしたり、みんなに嫌がられてるようなことがあったら、プリンはすっとさりげなくシーちゃんの近くに寄って行くのよ。
プリンはめっちゃ気の強い子で、例えばオレとか、大学生のカウンセラーとか、強い立場の人間には「いやじゃー!」と蹴り入れてきたりとか、冗談でやけど、めっちゃ強く向かってくるタイプの子なんよ。そういう子が、シーちゃんが困ってるときにはすーっと近くに行って、「シーちゃん行こう」って、手を握ってぐいぐい引っぱっていくんよね。

別にプリンは、シーちゃんのことを嫌がってる子たちを責めるわけじゃない。ただ自分がそばに行って、「私はぜんぜん嫌じゃないよ」と言ってよだれ拭いてあげたり、一緒に楽しく過ごしたりするだけやねんけど、プリンのそういう空気が、だんだん周りの子たちにも伝わって、伝染していくねんな。
障害を持った子たちが居てくれることで、みんなが優しくなっていく、変わっていくっていうことは、すごくたくさんあるよ。
そういうシーンは、もう、めっちゃいっぱい出会ってる。

まわりの大人たちにとって、成り行きを見守るのは大変なことなんじゃないか、思わず辛くなって説教してしまいそうになるのでは、と思い聞いてみると、「めーっちゃ大変」と大堀さんは大きくうなずき、こう言いました。

「忍耐でもあるよね。子どもたちを信じて待つという。いわゆる『私』はこう思う、というIメッセージは伝えるよ。でも、『あなた』をむりやり変えようとすることはしない。大人は、お口にチャック、手は後ろで、手出し口出しをしないという、修行の時間やと思う」

   

大学生のぶなPが、「私はシーちゃんのこと助けてあげたいんだ」と言ったとき、そばに立っていたプリンは、「ふーん」とつぶやいただけでしたが、心の中ではなにかが変化していたのですね。
雪の中で、口をきゅっと引き結んで立っている女の子と、少し大きな大学生の背中、そして手袋を一所懸命にはめようとしている女の子の姿が、ありありと目に浮かぶような心地がしました。
静かだけれど、大きなものが動いた時間だったことを感じます。

 

第3回で触れた、「できても、できなくてもいいんだよ」というヒロさんの言葉が思い出されます。
シーちゃんは、きっと世間一般の価値感でいうなら「できないことがいっぱいある」という状態に見えるのだろうと思います。けれど「手袋を自分ではめることができないシーちゃん」だからこそ、他のみんなに見せることのできる風景があるんだなあと感じます。
シーちゃんはもしかしたら、私の知らないこと、知らない景色を、ずっとずっと深く広く、たくさん知っているんじゃないかなあ。

第6回-1画像
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