理論社

第14回

2020.11.13更新

自分の道を見つけたい! 第14回 G1さん篇2

勉強が大嫌いで、まったく勉強しなかったというG1さんですが、お話していて感じたのは、「とても論理的、理知的に話す方」という印象でした。
「勉強大嫌いだったとのことですが、すごく論理的に話をされるなあという印象なんですが」とたずねると、「ああ、そういうところはすごくありますね。なんでも理づめで、ロジカルに説明できないと嫌なタイプなので、毎日の競馬のトレーニングについても、理論や考察を記録してるんですよ」
そういって、スマフォのメモ帳を見せてくれました。びっしりと、馬の育成に関する理論が書かれています。
「自分はHSPなんじゃないかと思う」というG1さんですが、「こういうところはHSPの特徴がいい方に出てるところかも」とのこと。

G1さん G1さん
馬に乗る人って感覚派の人が多いような気がしていて、長嶋茂雄さんみたいな「シャーッとやってシャーッとやるんだよ」という感じで(笑)、感覚的に伝えるタイプの人が多い気がします。
でも僕は、なんでも論理的につきつめたいタイプだし、後輩ライダーに教えるときも、理論で説明できないと伝わらないので、こういうふうに、ロジックをずっと書きためて研究を続けてるんですよ。
そこはHSP的な性質がいい方に出てるところかもしれないですね。ロジック化を妥協しないで突きつめていけるんで。

こういう性格は父親の血を引いてるのかなあと思いますね。父親は勉強が大好きなタイプで、ただただ好き好んで勉強した結果、とある有名大学を出たみたいなんです(笑) そして企業で研究職として勤めていました。
父もちょっと変わってるといわれるほうで、なにかにのめり込んだら徹底的に追求しないと気がすまない人だと僕は認識しています。
子どもの頃のことで記憶に残ってるのが、会社である商品を開発することになったらしく、いろんな関連商品をどっさり買って帰ってきてずら〜っと机に並べて、家で熱心に研究してた姿を少し記憶しています。
そういう「気になったことをどこまでも突きつめていく」という性格は父親ゆずりなのかな、と思いますね。

HSPには「一を聞いて、十のことを想像し、考えられる能力がある」とか「調べ物をはじめると深く掘り下げ、広く知識を獲得する」という特徴もあるそうです。
そのあたり、確かにまさにG1さんに当てはまっている感じがしました。

スポーツは感覚的に技術を体得する人も多そうですが、G1さんは体の動かし方や技術を「理論」として残したいタイプとのこと。
音楽や絵画など、一見直感や感性がいちばん重要なのかと思うような分野でも、感覚派の右脳がよく動いているタイプの人と、頭の中で理論が展開している左脳がよく動いているタイプの人が、確かにいるように思います。

画家でいうと、私はパウル・クレーという画家が大好きなのですが、天使を描いたり、こどものような感性で描いたり、ロマンチックで詩情のあるチャーミングな絵を描く一方で、たくさんの美術理論を残した人でもありました。
パッションのほとばしる絵で有名なゴッホも、弟にあてた手紙を読むと、ものすごく理屈っぽいようすが見てとれます。
音楽でも、理論派のピアニストと、情感たっぷりに弾くピアニストでは、同じ曲を弾いてもまったく印象がちがって聞こえて驚きますね。

ちなみに私は、ゆるゆるぼんやりとした子どもみたいな絵を描いていて、絵だけ見るといかにも右脳派に見えそうですが、文章を書くのも好きだからか、実はかなり左脳型で理屈っぽいタイプです。G1さんやゴッホと近い気質だと思います。

大の勉強嫌いで「まったく勉強しなかった」というG1さんですが、お父さんは有名大学の出身で上場企業の研究職とうかがい、もしかしたら教育熱心な親との確執などが不登校の原因だったのかな、なんて想像をしてしまいましたが、G1さんの場合はちがっていたようです。

G1さん G1さん
親に「いい大学入って、いい会社に入れ」なんてプレッシャーかけられて潰れちゃうという子も多いんだろうなあって思いますよね。 でも僕の場合はちがってて、父親の出身大学の話とかは、もっとずっと成長するまで知らなかったんですよ。家も母親が倹約家だったのか、ぜんぜん贅沢な感じでもなかったから、親が有名企業勤めだとかも知らなかったです。

父自身、自分がいい大学を出ていることを、すごいことだと全く思ってないタイプなんじゃないかな、という気がします。
ただただ勉強が好きで、学校で学ぶよりも自分で分からないことをどんどん調べたり解決するのが好きで、そういう自学自習の追究をしてたら、結果的に偏差値の高い大学に行くことになっただけなんだと僕は勝手に思ってます。

普通だったら、母親が「お父さんはこういう大学で、こういう会社でね」なんて聞かせそうな気もしますけど、そういうのもまったくなかったですね。
「勉強しなさい」とか「ああしろ、こうしろ」みたいなことを言われた記憶が、いっさいないんですよ。

なるほど〜。G1さんはこども時代に親との確執や、プレッシャーがあって不登校になったというタイプではないようです。
小学校までは大阪にいて、恥ずかしがりやでひっこみじあんな性格ではあったものの、周囲には幼なじみの友だちがたくさんいて、サッカーチームに入っていたりと、比較的活発に楽しく過ごしていたそう。

ちなみに私の家の話で恐縮ですが、私の父親はとある有名大学を受験して合格したそうですが、家が貧しく、父は中学生から新聞配達のバイトをしていたくらいで、大学に入学する資金を用意できなかったために入学することはできなかったとか。それで、高校卒業から働きだしています。
私の母はG1さんのお母さんとはちがって、この話をやたらに私に聞かせていました。
かといって「いい大学に行け」「勉強しろ」と言われたわけでも、期待されたわけでもなかったですが、どうやら自慢したいらしいな、ということだけは伝わってきました(笑)

第14回-1画像

世間一般から「いい大学」といわれるところを出ていると、それを強調したくなる親はそこそこいそうですが、G1さんのご両親は一貫して「勉強しろ」など、進学について口を出すことはなかったそうです。

学歴を気にすること自体、「自分はなにか思いどおりの生き方をできていない気がする」というコンプレックスの裏返しじゃないかなという気がします。
子どもに高学歴を持たせたがる親というのは、「子どもの将来のためを思って言っている」というよりも、自分自身のコンプレックスや不安を子どもに押しつけたり、思わず、子どもの本心や望みとは関係ない、親自身の欠乏感や心配を口にしてしまっている状態じゃないかなあという気が、どうも私はしちゃうんですよね。

G1さんのお父さんの場合は、「あえて言わないように気をつけていた」というよりは、子どもの進路について「好きにすればよい」と、気にしないでいられる心理状態があったのかもしれません。

「子どもの人生は子どものものであり、親のものではない」
「子どもの人生の選択権は、完全に子どもにある」
そういうことを親が理解し、我が子をひとりの人間として尊重できているかどうかって、子どもにとってはものすごく大きなことじゃないかなと思います。

親の勝手な期待や夢やコンプレックスを押しつけられて、自分の人生に口出しをされて自由な選択を制限されたりしたら、私だったら、自分の性格上、いちばん我慢できないことだと思うので、めちゃくちゃに暴れてもおかしくないように思います。
少なくとも、自分だったら徹底的に暴れたり反発したり、あるいは病気になったり塞ぎこんだりして、自分の自由な精神を取りかえすための、奪還行動に出るだろうなと思います。
子どもは大人のように論理的に言葉にする力や方法が限定されている分、態度や行動や病気など、体に出る反応として表現することも多いように思います。

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