理論社

第16回

2020.12.15更新

自分の道を見つけたい! 第16回 G1さん篇4

G1さん G1さん
北海道に行こうと思ったキッカケは、シュート(ハーモニィ編に登場したスタッフの大堀さん)に触発されたからなんですよ。
シュートがよく、休みを取っては「ほな、行ってきま〜す!」と言って自転車で旅に出てたんですよね。北海道にも行ってたと思います。
それで、「おれも本場のサラブレッドを見たいな」と思ったんです。

で、一度プレ旅行で近場まで自転車で旅行してみて、1日何キロ走れるか体感をつかんで、子どもながらに、北海道までどれくらいかかるか計算したんですよ。
すると「自転車移動でテント泊したら、飛行機で行くよりだいぶ安いぞ」ということが分かったんで、自転車で行くことにしました。
最初はもうひとり寄宿生のチーフと、大学生(ハーモニィに来ている学生ボランティアスタッフ)のミソッパの3人で出発して、北海道に入ってしばらくしてからは、ひとり旅をしました。

当時、ラムタラっていうヨーロッパから来た馬が、33億円という史上最高額で、種牡馬として日本に買われて、44億円のシンジケート(馬主が集まって種付けの権利を持ち合う組織)が組まれたんですけど、その「ラムタラを見ようぜ」っていうのが、北海道に行くいちばんの目的でした。
このラムタラっていうのが、ヨーロッパのビッグレースを4戦無敗で引退した名馬だったから、それだけの高値で来たわけですけど、後には「世紀の大失敗」と言われるようになりました(笑)
子どもがぜんっぜん走らなかった(勝てなかった)んですよ。でも当時はまだ、世紀の失敗馬になるなんて分かってないから、「あのラムタラが来るぞ!」というので、「見に行きたい!」と熱烈に思ったわけです。
あとはタイキシャトルという馬も好きだったんで、タイキシャトルにも会いたいと思ってました。

競馬は「ブラッディスポーツ」ともいわれ、どんな親から生まれたかという血統が、勝ち馬の予想において非常に重要視されます。強い成績を残した馬は、強い子孫を残すことが確率的には多いので、たいへんな高額で競り落とされるのですね。
ラムタラは、競馬の本場ヨーロッパでの無敵の戦績から「神の馬」と讃えられるほどの名馬だったそうです。

それにしても、馬一頭に33億とは……。野球のイチロー選手のメジャーリーグでの年棒の総額が、およそ20億ほどだそうですが、しかしイチロー選手は活躍の実績に応じて年棒が決定します。一方、馬のラムタラは、どうなるか分からない未来に33億を賭けるわけですから、バクチぶりがすごいような。
いささか狂騒的な空気があるようにも見える、外国からの黒船来襲ならぬ神の馬来襲事件。馬好きの中学生男子なら、興奮して思わず鳥取から北海道まで自転車を飛ばしたくもなるだろうなあと思います。

そして、「世紀の馬」を一目見るために、不登校児の少年が北海道を自転車で目指すというのは、テレビ的には確かに感動的なストーリーが撮れそうな気がしますね。
「学校嫌いでゲームばかりしていた男の子が、神の馬に出会いたい一心で苦しい自転車旅に出て、馬と対面を果たして励まされ、成長する」なんて具合に。

「北海道の旅によって心境が変わった部分って、実際にあったのでしょうか?」と尋ねてみたところ、とてもG1さんらしいと感じる答えが返ってきました。

G1さん G1さん
いや、それが別になんにも、その旅によって成長したとか、そういうことは特になかったですよ(笑)
自転車乗りまくったんで、もう自転車はええな、とかは思いました。自転車しんどいなと(笑)
あとは、タイキシャトルという馬が大好きだったんですけど、実際に会ってみて、牧場の方と仲良くなったんで、ちょっと馬のお世話もさせてもらったんですけど、タイキシャトル、めちゃくちゃうるさい馬だったんですよ。噛みに噛みまくってくるヤツで。それで、「タイキシャトル、もうええわ」とはなりましたね(笑)

だけど、旅に出たことで、学校に行こうという気になったとか、そういうのはぜんぜんないんです。
だって、「馬を見に行く」ということがそもそもの目的だから。人生観という意味では、そんなには変わってないですね。
最後にテレビ用にインタビューされたんですけど、なんかそういう「人生変わりました」的なことを言わなきゃいけないのかな、と思ったのを憶えてますね(笑)

テレビ局の人たちのことは、本当に大変そうだな〜と思って見てました。でも、旅の途中で、「ここの場所は、長めの日程で移動してくれないか」とか言われて、ちょっとイラッとしてた記憶があります(笑)
ラムタラと初めて会うというシーンを撮影したんですけど、撮影の前日にすでに初対面を終えてたんですよ。ラムタラという馬は、額に流星の走った栗毛のめっちゃ綺麗な馬だから、初めて見たときは「うお〜!!」と興奮したんですけど、その感動の対面を、「もう一回再現してくれ」と言われるわけです。そんなん、中坊に演技なんかできるわけないじゃないですか。「わー」って抑揚のない感じでしか言えなくて、めっちゃ棒演技でした(笑)

この答えには、拍子抜けするとともに、思わず笑ってしまいました。
事前にハーモニィカレッジの大堀さんから、G1さんの自転車の旅のことをうかがったときのお話では、「ゲームばっかりしてた子が、北海道まで自転車で行って、行く先々でいろんな人にお世話になったりして、いろいろ考えたんやろうなあ。それから馬術部のある高校を受験するために勉強しだしてな……」というニュアンスでした。
「テレビ局の人が、きっとG1の心をほぐしたんやろうなあ」とも言ってましたっけ。

大人たちは(私もそうですが)、ついつい子どもに「いろんな体験をして考えが変わり、一回り成長する姿」なんていうステレオタイプな姿を期待したり、求めてしまうところがあると思います。
テレビなどのメディアだと、「不登校児らしく、落ち込みから回復する姿を見たい」なんて思惑ありきてストーリーを編集してしまうかもしれません。

しかし当事者であるG1少年は、別に不登校を克服しようとか、旅という体験を通して心を鍛えようだなんて、大人たちが期待しそうなことはちっとも考えてなかったようです。ただただ「本物のサラブレッドを見たい」という自分の好奇心と欲望の赴くままに動いただけだったので、馬についての感想しか湧かなかったんでしょうね。

「大人たちの期待や思惑」をあっさりと裏切っている姿に、なんだか小気味良い気分になりました。
少年少女が、大人の思い通りになんかならず、自分の心のままに生きる姿を見ると、スカッとするのはなぜなんでしょう。
大人だって本当は、そんなふうに生きたいからじゃないかなあ。

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